1997 ドバイワールドカップ(G1) Singspiel ホクトベガの悲劇 [02:05]
シングスピールは世界最高賞金競走ドバイワールドカップに出走。初のダートでの競走であったがアメリカのサイフォン等を破り優勝した。 一方のホクトベガはこのレースをもって競走からは引退、レース後はそのまま渡欧させ、ヨーロッパの一流種牡馬との交配が計画されていた。 しかし、当初の開催予定日(3月29日)に当地ドバイでは数十年に一度という猛烈なスコールとなり、順延となった。そしてレースとなった4月3日、ホクトベガは4コーナーで前を行くルソー(Luso)に接触して転倒、競走を中止。さらに後続のビジューダンド(Bijou d'Inde)が巻き込まれる形で追突、ホクトベガは左前腕節部複雑骨折により予後不良と診断され、安楽死処置を受けた。手綱をとった横山典弘はのちに、自らの強引な騎乗がアクシデントを引き起こしたと悔いた。
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1996 凱旋門賞(G1) エリシオ Helissio ピルサドスキー2着 [02:41]
9月のニエル賞も制して臨んだ凱旋門賞では1番人気に支持されると2着ピルサドスキーに5馬身差をつけて優勝した。ペリエがゴールよりも遥か手前でガッツポーズを始めるほどの楽勝だった。その後日本に遠征しジャパンカップに参戦したがシングスピール、ファビラスラフインに交わされ3着に敗れた。この年の活躍が評価され、カルティエ賞年度代表馬、最優秀3歳牡馬、最優秀3歳馬に選出され、インターナショナル・クラシフィケーションではシガーの135ポンドに次ぐ134ポンドが与えられた。 凱旋門賞でペリエは大逃げという戦法を選んだが、ペリエは後のインタビューでこの戦法について「日本で騎乗していなかったら、このような大胆な戦法をとることはできなかった」と語っている。
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1996 ジャパンカップ(G1) シングスピール vs ファビラスラフイン [02:37]
2歳から4歳の前半までは典型的善戦マンで、G1競走2着が3回あるものの、重賞の優勝経験はゴードンリチャーズステークス(G3)だけであった。ところが、1996年の秋シーズンにカナダに遠征すると、カナディアンインターナショナルステークス(G1)でカナダ三冠馬チーフベアハートを破り優勝。続くブリーダーズカップ・ターフでも同じマイケル・スタウト調教師の管理馬ピルサドスキーの2着と好走。続くジャパンカップでは、日本到着直後に熱を出し状態を不安視されながら、ファビラスラフインやエリシオを抑えて優勝し、一気にトップホースの1頭となった。
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