第34回 金鯱賞 サイレンススズカ [02:18]
平成10年05月30日 中京11レース 5枠5番サイレンススズカ ( 1番人気:単勝オッズ2.0 ) タイム:R1.57.8、着差:-1.8 ■ラップ12.8-11.2-11.2-11.5- 11.4 -11.4-12-12.4-11.7-12.2 12.8-24.0-35.2-46.7-[58.1]-69.5-81.5-93.9-105.6-117.8
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1998 金鯱賞(G2) サイレンススズカ 大逃げ破格の圧勝劇 [02:07]
金鯱賞では、重賞3勝を含む4連勝中の菊花賞馬マチカネフクキタル・重賞2勝を含む5連勝中で後に香港国際カップを制するミッドナイトベット・重賞1勝を含む4連勝中のタイキエルドラドが出走するという非常にハイレベルなレースであったにも拘らず、重賞競走では非常に珍しい大差勝ち(11馬身差 タイム差1.8秒)のレコードタイムでの圧勝。この時中京競馬場では、あまりの大差に4コーナーを回った時点で既に拍手と喝采が贈られ直線では大勢の観客から笑いがこぼれると言う珍事が起こった。ラジオたんぱのレース中継では、4コーナーを回る時に「さあ、拍手に送られて~」と実況されている。武はゴール50m手前から小さくガッツポーズしている[3]。 レースの内容も、最初の2戦こそただがむしゃらに走ってその能力差だけで勝っている状態だったものの、その後は息を入れることを覚えたためか二の脚を使えるようになるなど内容もよくなっており、後に「逃げて差す」と言われたスタイルも完成した。調教師の橋田もこの姿を「今なら安心して見ていられるよ」と語っていた。また、この時期から最大の目標を天皇賞(秋)に見据え始めた。
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2005 若駒ステークス(OP) ディープインパクト 規格外の追い込み [02:14]
2004年12月19日阪神競馬第5競走の2歳新馬戦(芝2000m)で武豊を主戦騎手に据えてデビュー。武豊は引退まで手綱を握ることとなる。2着のコンゴウリキシオー(後にきさらぎ賞・金鯱賞・かきつばた記念・マイラーズカップで優勝し安田記念2着)に4馬身の差を付けてデビュー戦を勝利。レース後、厩務員の市川は、このデビュー戦の強い勝ち方に「派手にやってしまった」と消耗を心配したが、レース後すぐに息が戻っていたので「クラシックでも戦える」と思ったという。競馬評論家の井崎脩五郎が、翌日に行われたイベントで「今まで(=数十年間)見てきた中で、一番『これは強い』と思ったレースは?」と振られ「昨日のディープインパクトの新馬戦」と答えたほどの圧勝であった。 続く2005年1月22日・京都での第2戦目の若駒ステークスは最後方から競馬をしたが、直線で一気に突き抜け5馬身差勝利。この勝ちっぷりで、ディープインパクトの名が一気に全国区となった。このレースの前に武豊は「すごいことになるから見ていてください」と対談相手に語っていた。
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1998 宝塚記念(G1) サイレンススズカ‐逃げ切り完勝 [02:17]
夏場に向けて中3週(月1度)間隔でレースに使ってきたため疲労がたまっていたこともあり、当初は金鯱賞の後に放牧へと出される予定ではあったが、ファンの期待に応えるため、体調もよく、「今の出来なら」ということで春競馬の総決算となる宝塚記念への出走を決める。だが当初は回避予定であったことと、主戦の武には既に年末の有馬記念までエアグルーヴへの騎乗の先約があったことから、サイレンススズカと同じ馬主・厩舎での処置で、出走予定のゴーイングスズカの主戦騎手であった南井克巳へと乗り替わった。 ファン投票こそ後塵を拝し6位であったが、天皇賞(春)を制したメジロブライト、名牝エアグルーヴを抑え1番人気に支持される。レース本番は南井が初騎乗であるということと距離を考えて金鯱賞に比べ抑えぎみ[4]の競馬でレースを進め、最後の直線に入っても相手をぎりぎりまで引きつけたためステイゴールドに3/4馬身まで迫られたものの、ゴール前で鞭を入れるとすかさず加速して逃げ切り、初のGI制覇となった。
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2003 ジャパンカップ(G1) タップダンスシチー 逃げ切り圧勝 [02:40]
目標をジャパンカップに絞って調整を進め、同競走が行われる時期には佐々木が「生涯最高」というほどの状態に仕上がった。 レースでは1番枠から先頭に立つと徐々に後続馬との差を広げ、最終的には2着のザッツザプレンティに9馬身差を付けて優勝。初めてのGI制覇を成し遂げた。 重賞初制覇が5歳秋と本格化までには時間がかかったが、佐々木は、「パドックで、名前の通りタップダンスを踊っている」ため、レース前に消耗していたからと述べている。そのため、パドックでは2人引き(2人に馬を引いてもらうこと)をしていたが、2003年(6歳)の京都大賞典では気性難が解消されて1人引きができるようになり、「タップダンスを踊らなくなった」ことで、佐々木は「本物になった」と思ったという。 通算で18回連対(12勝・2着6回)したが、その相手(1着または2着)にサンデーサイレンス産駒が入ったことは2004年有馬記念(1着ゼンノロブロイ)と2005年金鯱賞(2着ヴィータローザ)の2回しかない。これは、前述のレーススタイルが、切れ味を身上とする馬が多いサンデーサイレンス産駒には合わなかったからで、その2回の連対のうち、2004年有馬記念は、ゼンノロブロイが逃げるタップダンスシチーを2番手でマークして自らレースを作ったこと、2005年金鯱賞ではタップダンスシチーが逃げたものの、本来の競馬とは違いスローペースになったためであるという指摘があるが、それを科学的に証明することは難しく、またその要請もなされていない。
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