2005 フェブラリーステークス(G1) メイショウボーラー 新星現る [01:41]
4歳となった2005年、ダートへ路線転向する。ガーネットステークス、根岸ステークスと快勝。フェブラリーステークスでは、アドマイヤドン、タイムパラドックスなどを下し見事初のGI制覇を果たした。
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2007 ジャパンカップ(G1) アドマイヤムーン ポップ2着 サムソン3着 [03:34]
ジャパンカップでは前走敗れたことや、距離不安をささやかれていたこともあり5番人気にとどまる。掛かったことも影響してか道中は普段よりも前に位置し、ロスの少ない内側を通って直線で早めに先頭に立つと、最後はポップロックの追撃をアタマ差しのぎきり勝利を飾った。大方の予想では後方からレースを進めると予想されたが、それとは違い先行して押し切るという今までとは違う勝ち方を見せた。レース後、このレースをもって現役を引退することが発表され、12月4日付で競走馬登録を抹消、翌12月5日に北海道のダーレー・ジャパン・スタリオン・コンプレックスに移動した。 11月29日に発表された重賞・オープン特別競走レーティングでは、ジャパンカップを制したことにより123ポンドの評価を得た。さらに11月30日に発表されたトップ50ワールドリーディングホースでは、日本馬のなかで最高位となる123ポンドの評価を得て11位タイとなった。 緩い馬場も苦にしない切れのある末脚が最大の特徴である。差しという脚質ではあったが、日本の高速馬場では良馬場でも差し切れないレースも多かった。しかし、緩い馬場を苦にしない力強さもあるため、日本に比べて芝が重いドバイにおいてG1レースで勝利を挙げている。また、相手を抜き先頭に立つとソラを使う(集中力を欠いて走る気をなくす、もしくは失速する)癖があり、ドバイでは抜け出すと急に失速し後続馬に差を詰め寄られていた。武豊TVでは、ゴール板が大きいためもうゴールしたと馬が勘違いしたから、と鞍上であった武豊が発言している。このソラを使う癖のため、騎手に抜け出すタイミングが求められる馬であるが、ジャパンカップでは良馬場で先行し、抜け出しながらもソラを使わずしぶとく粘り勝利している。
Tags: 2007年, ジャパンカップ, アドマイヤムーン, wins:, Admire, Moon, ポップロック, 2nd:, Pop, Rock, メイショウサムソン, 3rd:, Meisho, Samson, ウオッカ, 4th:, Vodka, ジャパンC, JC, 府中, 東京競馬場, Japan, Cup, Invit
2005 高松宮記念(G1) アドマイヤマックス 豪快差し切り快勝 [01:22]
2004年は春シーズンを全休し、休み明け2戦目の富士ステークスで約3年ぶりの勝利を挙げる。2005年、4番人気で臨んだ高松宮記念では武豊の手綱により、メイショウボーラー、カルストンライトオといったGI馬を退け、念願のGI初勝利を挙げる。
Tags: 2005年, 高松宮記念, アドマイヤマックス, wins:, Admire, Max, カルストンライトオ, lost:, Calstone, Light-O, メイショウボーラー, Meisho, Bowler, 高松宮杯, 春のスプリント王者, 中京競馬場, Takamatsunomiya, Kin
2000 天皇賞(秋)(G1) テイエムオペラオー 快勝 国内無敵 [02:06]
秋は京都大賞典から復帰。極端なスローペースで上がりの競馬になるも、59kgを背負いながら鞭を使わず3F33.3の豪脚を繰り出し懸命に食い下がるナリタトップロード以下を完封、天皇賞(秋)へ駒を進めた。 ここでは外枠の不利もさることながら、同レースは1番人気が12連敗中というジンクスがあり、有力馬が凡走していただけに、「何が起こるかわからないのが秋の天皇賞」という雰囲気が漂っていた。また、他にも当時の和田竜二騎手が東京競馬場での勝利経験が無かったことなど不安材料などもあった。そのため、春以降2倍を切っていた単勝オッズが2.4倍となった。しかし、レースではスタート後の1コーナーで内に切れ込み加害馬となりながらも直線鮮やかに抜け出し勝利した。これにより、12年ぶりの秋の天皇賞1番人気の勝利であり、史上初の中央4競馬場GI制覇達成した。 一流馬にはリーディング上位の騎手を騎乗させるという傾向の強い現代競馬だが、テイエムオペラオーに出会うまでGIを勝ったことのない岩元厩舎に所属していた当時若手騎手だった和田が、引退までの全レースの手綱を取り続けた。菊花賞の敗北に激怒した竹園正繼オーナーが岩元調教師に鞍上変更を迫った時でも、岩元師は和田を降ろすことをせず、「どうしてもと言うなら、転厩していただくしかありません」と説得した。テイエムオペラオーの引退式で和田は「オペラオーにはたくさんの物を貰ったが、あの馬には何も返せなかった。これからは一流の騎手になって、オペラオーに認められるようになりたい」と話し、更なる上昇を愛馬に誓った。 ジンクスに強い馬であった。2000年天皇賞(秋)での勝利によって、1988年のオグリキャップ以来続いていた同レースでの1番人気の連敗記録を12で止め、また、2000年ジャパンカップでの勝利によって、1986年の ...
Tags: 2000年, 天皇賞(秋), テイエムオペラオー, TM, Opera-O, メイショウドトウ, Meisho, Doto, 秋の天皇賞馬, 天皇賞(秋), 秋天, 盾, 府中, 東京競馬場, Tenno, Sho, Autumn, Grade1, Turf, 2000m, 3years, Old, And, Up, 和田
2000 ジャパンカップ(G1) テイエムオペラオー vs メイショウドトウ [02:41]
1番人気に推されたが、単勝オッズは打って変って当時の支持率レコードとなる1.5倍。1つ下の世代を代表する4頭(2冠馬エアシャカール、日本ダービー馬アグネスフライト、NHKマイルカップ馬イーグルカフェ、オークス馬シルクプリマドンナ)との対決も注目された。スローペースで進むレース展開で周囲を塞がれ、瞬発力勝負の不利な展開に置かれるも、最後にはファンタスティックライトを寄せ付けず、メイショウドトウの猛追も退けて勝利し、デットーリ騎手が入線後ハイタッチを求めて歩み寄るという珍しいシーンが見られた。 河村清明はテイエムオペラオーが2000年に8戦8勝の成績を挙げた際、『本来であれば、『どこまで勝ち続けるのか』といった期待がファンに醸成されるはずなのに、そういった気配は感じられ(なかった)」と分析し、「テイエムオペラオーには人気がなかった」と評している。その理由について河村は、メイショウドトウ、ナリタトップロードらと繰り広げた「毎度毎度お決まりのような」「激しさの足りない」「どれもが似たような印象」のレース内容に「ファンはため息さえ禁じ得ない様子だった」とし、そのためテイエムオペラオーについて「本当に強いのかと、ファンは信じることができなかったのだ」と述べている。吉田均も、テイエムオペラオーが勝ったレースの2着馬が「つねにメイショウドトウ、ほかでもナリタトップロードとかラスカルスズカしかいない」ことでテイエムオペラオーが地味な、スター性のない馬になってしまっていると述べている。野平祐二はテイエムオペラオーがスターホースの割に地味で派手さがないのは毛色のせいだと述べている。
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