1988 有馬記念(G1) オグリキャップ 芦毛の怪物 [02:40]
笠松競馬場から中央競馬に移籍したオグリキャップはGI初優勝を目指したが天皇賞(秋)、ジャパンカップでともにタマモクロスに先着を許していた。巻き返しを期すオグリキャップ陣営はこれまで主戦を務めてきた河内洋に代わって、身体が空いていた関東の名手・岡部幸雄に騎乗を依頼。岡部はこれを受諾し、オグリキャップは岡部との新コンビでこのレースに臨む事となった。 この2頭に加え、オグリキャップと同じ4歳のGI馬2頭、サッカーボーイとスーパークリークが出走を表明した。サッカーボーイは夏の函館記念でメリーナイス・シリウスシンボリなどといった古馬たちをレコード勝ちで一蹴し、直前のマイルCSも4馬身差の圧勝で、阪神3歳Sに続くGI2勝目を手にしていた。また、鞍上はオグリキャップから降ろされた形の河内洋だった。 スーパークリークは賞金ギリギリで滑り込んだ前走の菊花賞を5馬身差で圧勝。鞍上の武豊はデビュー2年目ながらこの年113勝をマークし、史上最年少関西リーディングジョッキーとしてファンの大きな注目を集めていた。 このような盛り上がりの中で、JRAはレース3日前の22日、「有馬記念ではタマモクロス・オグリキャップ・サッカーボーイの3頭を単枠指定する」と発表。有馬記念で3頭が単枠指定されたのは、1984年の第29回有馬記念でシンボリルドルフ・ミスターシービー・カツラギエースが単枠指定されて以来のことだった。 序盤はレジェンドテイオーが逃げ、オグリキャップが5、6番手を追走した。スーパークリークはそれをマークするような位置でレースを進めたが、タマモクロスとサッカーボーイはスタートの出が悪く、しかもともに折り合いを欠いたままほぼ最後方を追走した。 しかし第3コーナーでタマモクロスはまくりをみせて先行勢に接近する。一息早くスパートしたオグリキャップ ...
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1988 天皇賞(秋)(G1) タマモクロス vs オグリキャップ [02:07]
、「カイ食いが細いタマモクロスなら、調教だけでも仕上がるだろう」という小原の考えによりぶっつけで臨んだ天皇賞(秋)で、地方出身馬の雄・オグリキャップとの初対決となった。両馬のこれまでの経緯もあり、多くの競馬マスコミが「芦毛頂上決戦」(当時)と扱い大きな話題となった。臨戦態勢の差(オグリキャップは毎日王冠1着からの参戦)から、1番人気はオグリキャップに譲る形となった。レースでは、タマモクロスがこれまでと異なり、マイペースで逃げるレジェンドテイオーの直後につけるという先行策に打って出た。スローペースとタマモクロスの気性面の成長を織り込んで採用したこの作戦は功を奏し、粘り込みを図るレジェンドテイオーを最後の直線で交わすと、待機策を採ったオグリキャップの強襲を1 1/4馬身振り切り優勝、勝ち抜け制度が無くなった天皇賞において史上初の天皇賞春秋連覇となった。 典型的な大器晩成型の競走馬とされ、現在でも「全盛期のシンボリルドルフとも勝負ができた」と言われるなど根強いファンが存在する。爆笑問題の太田光はタマモクロスのレースを生で観戦した感想として「地面からエネルギーを吸収しているかのような力強い走りだった」と評している。 また、漫画「みどりのマキバオー」の主人公ミドリマキバオーのモデルはタマモクロスだと作者のつの丸が発言している。 第8回ジャパンカップで2着に敗れた時に日本競馬のレベルアップが伺える記述として「(1983年の第3回で)キョウエイプロミスが2着に来た時は意外な好走と言うことで(競馬ファンが)大騒ぎしていたが、今年(1988年)はタマモクロスが2着に沈んだ。と言うことで(優勝できずに)口惜しがり、大騒ぎとなった」と書かれていた。 現役時から噛み付き癖があり、種牡馬入りした後もそれは改善されなかった ...
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